-目指すは「日本一の弁当屋」 飽きのこない「おふくろの味」追究- 「オーケーズデリカ」社長 杉本香織さん

【「同業社と手を携え、リーディングカンパニーとして業界全体の底上げを図っていきたい」と話す杉本さん=桑名市蓮花寺で】

 桑名市蓮花寺の「オーケーズデリカ」は、父川崎義久さん(72)と母久美子さん(70)が昭和48年に大阪府守口市で「OK給食」の屋号で創業。企業向けの産業給食の製造販売を始め、同51年に桑名市に移転して事業を再開した。

 「Food is Life」を理念に、産業給食から学校給食、介護食、社員食堂運営へと事業を展開し、東海3県に販路を拡大して業績を伸ばしている。平成27年、兄の故潤也さんから経営を引き継いだ。

 季節の野菜をたっぷり使ったヘルシー弁当、男性向けのボリューム満点弁当、おもてなしにもぴったりの豪華弁当、伸び盛りの子どもたちには栄養バランスが取れた、生きた食育教材ともなるスクールランチ、地域の方々が慣れ親しんだ味付けで提供する介護食など、徹底した衛生管理の下、飽きのこない「おふくろの味」を追求した献立は広く支持を得ている。

 守口市で3人きょうだいの長女として生まれ、3歳の時に桑名市に移り住んだ。両親は毎日仕事で忙しく、幼稚園のお迎えは、いつもかわいがってくれた出入りの魚屋や野菜屋のお兄さんたちだった。

 中学時代は吹奏楽部に入部し、サックスを担当した。「やるからには優勝を」という新任顧問の熱血指導で、半年後には県大会で初の部門優勝、3年生で東海大会初出場を果たした。「チームワークの大切さを学び、やればできると実感した」と振り返る。高校、短大でも吹奏楽を続け、現在は、桑名吹奏楽団員として、年1回のコンサートに出演している。

 神奈川県の文教大短大で栄養士の資格を取得し、卒業後は、名古屋市の食品問屋に就職して事務と営業職を経験した。4年後、結婚を機に退職して「OK給食」に入社し、事務職を経て献立作成と仕入れを担当するようになった。3年前、社長だった兄潤也さんがくも膜下出血のため突然亡くなり、42歳で経営を引き継いだ。「社員200人とその家族の生活を守るために選択肢はなく、悲しむ暇もなかった」と言う。

 精神的な支えとなってくれた楽団仲間や中小企業家同友会、青年経営者研修塾の友人らが、経営のノウハウや銀行の対応などを指導してくれた。兄と共に目指した「日本一の弁当屋」への夢に向かって進み始めた。

 毎年、全社員対象の「感謝デー」を開いている。永年勤続や営業成績の表彰をはじめ、「おいしい顔」などをテーマにした写真コンテストを実施、上位入賞者には海外研修旅行の特典を設けた。現地の食品工場や小学校の給食現場での研修や観光を通して視野を広げ、仕事への意欲へつながっている。

 日本の発展に貢献した高齢者から、未来を担う子どもまで1万3千人の健康を預かる大切な仕事。「お袋弁当、愛妻弁当のように愛情を込めたお弁当や給食を国内だけでなく世界に発信したい。同業社と手を携え、リーディングカンパニーとして業界全体の底上げを図っていきたい」と意欲を見せた。

略歴: 昭和48年大阪府守口市生まれ。平成5年文教大短大食物栄養科卒業。同年「中部食糧」入社。同9年「OK給食」入社。同17年「オーケーズデリカ」に社名変更。同27年「オーケーズデリカ」社長就任。同30年青年経営者研修塾塾長就任。