「顧客第一の精神」で 支店開設50年、一層研さん 「野村証券四日市支店」支店長 山本浩司さん

創設50周年を前に「社員一同、一層の研さん、努力を重ね、目に見える形でこの地に根ざしていきたい」と話す山本さん=四日市市諏訪栄町の野村証券四日市支店で

 野村証券は大正14年、「顧客第一の精神」を理念に掲げ、野村徳七氏が大阪で創業。当時、90人ほどだった社員が、現在は国内外の野村グループ全体で2万9千人が従事する国内最大手の証券会社に成長し、今年90周年を迎えた。

 初任地の池袋から長崎、川崎新百合が丘、渋谷、四国松山と18年間5支店での勤務を経て、昨年、四日市市諏訪栄町の四日市支店に支店長として赴任した。ファイナンシャル・コンサルティング課、ファイナンシャル・アドバイザー課など4課合わせて約60人の社員と、「すべてはお客様のために」の基本精神の下、県内を駆け回っている。

 大阪府堺市で2人兄弟の長男として生まれた。福泉上小、福泉中時代は生徒会長を務めたが、制服の丈を短くして母親が学校に呼び出されたこともあった。中学ではバスケット部、清風高校ではアメフト部で練習に励んだ。私立の進学校とあって、高2の時、成績が下がったことを理由に学校から退部を言い渡され、心機一転、受験勉強に打ち込んだ。

 甲南大経済学部に進学し、勉学の傍ら、サークル活動でテニスを始めた。また、アルバイトで塾講師や建設業の肉体労働も体験した。就職活動で2社から内定をもらったが、面接担当の大学OBらの話しに興味を持ち、一緒に働きたいという気持ちが強くなった野村証券に入社を決めた。

 東京池袋支店に配属され、飛び込みでの営業を担当した。行く先々で断られ、落ち込んで社に戻る日々が続いた。「おかえり」と笑顔で迎え、食事や飲み会に誘ってくれる上司や先輩の心遣いに、いつも勇気づけられた。

 ある時、山手線の車中で昼寝をして戻り、上司から「おはよう」と声を掛けられたことがあった。どうして眠ったことがばれたのか不思議でならなかったが、部下をしっかりと観察してくれていたのだと、立場が変わって理解できた。温かく見守り、導いてくれた先輩に倣って、自分が通ってきた道を歩き始めた部下たちへの声掛けは忘れない。

 以前は中堅企業のオーナーを中心に、一方的に支援策を提案していたが、3年前のビジネスモデル変革以降は、顧客のニーズを聞いた上での個々への対応が主流となった。事業の承継問題の解決、子や孫への資産の移転、年金・社会保障制度への不安、相続の悩みなど、相手の立場になって、より付加価値の高いアドバイスができるよう社員一人一人のスキルアップを図っている。

 休日は、妻清香さんとヨークシャーテリアの愛犬モモと一緒にドライブを楽しんだり、ドッグランでモモと走り回って、夫婦で運動不足を解消したりしている。一人娘のようなモモを中心に、家族で過ごすひとときがリフレッシュタイムになっている。

 「四日市支店は来年1月1日で節目の50周年を迎えます。長年の企業活動へのご支援に感謝するとともに、社員一同、一層の研さん、努力を重ね、目に見える形でこの地に根差していきたい」と語った。

略歴:昭和48年大阪府堺市生まれ。平成8年甲南大学経済学部卒業。同年野村証券入社。同26年野村証券四日市支店長に就任。