「礼節」「継続」大切さ胸に 介護ロボに柔らかい外装を 三重木型製作所 森大介さん

「新たな産業と雇用を創出して地域貢献を目指したい」と話す森さん=四日市市平尾町の三重木型製作所で

 四日市市平尾町の三重木型製作所は、鋳造用木型の製造販売会社として昭和41年、初代宇佐美邦夫さん(75)が同市羽津乙で創業。平成21年、従業員が会社を買い取る事業承継により、2代目として経営を引き継いだ。

 時代のニーズに伴い、主力を車のドアや床、バンパーなど、自動車に搭載する発泡樹脂(ポリプロピレン)製品の試作品に移行。現在は、「YaWaRaKaロボD」のブランドで、軟質素材の加工技術を生かした介護支援ロボットや産業用ロボットの外装カバー試作品製造事業に乗り出した。同事業は、経済産業省の「地域産業資源活用事業計画」に認定された。

 四日市市で木型製作所を営む両親のもと、3人兄弟の長男として生まれた。毎朝、家と工場の掃除、犬の散歩は3人の仕事だった。それが済むと母屋の仏壇に参り、家族そろって朝食を囲むのが日課として育った。両親から当たり前のこととしてしつけられた「礼節」と「継続」の大切さは今も胸に刻んでいる。

 木型作りの道具が並ぶ工場でものづくりの面白さに目覚め、小学校の作品展ではいつも金賞をもらっていた。家業を継ごうと、四日市中央工業高校に進学。ガソリン1㍑で何㌔走行できるかを競う「エコカーレース」など、多くのものづくり大会に挑戦した。中でも、国技館で開かれた「全日本ロボット相撲大会」一般の部での準優勝が最高の思い出になった。

 卒業後は、ベテラン職人の父の傍で技術を覚えていったが、4年後、受注が激減したことで、三重木型製作所に転職した。平成13年には、職人の手作りから機械化に移行し、その後のいざなみ景気に乗って業績を伸ばしてきた。

 7年前、先代から「会社を継いでほしい」と頼まれた。妻善江さんの励ましに背中を押されて、経営者になることを決意した。無我夢中で働いて会社を買い取った借金は2年で完済、3年目には平尾町の工業団地に新社屋を構えた。

 車の内装という目に触れない製品だけでなく、見て評価してもらえる仕事もしたいと考え、ロボット事業に参入。柔らかく弾力性のある発泡ウレタン・ポリエチレンなどでカバーすることで、固くて冷たいロボットのイメージを一新した。ぬくもり感と安全性を持った、より良い介護支援ロボットを提供していこうと、学識経験者らと連携して研究を進めている。

 会社の1日は朝礼と社内清掃で始まり、昼ミーティング、夕礼と日に3回社員6人と向き合って意見を交わし合う。2カ月に1度は、焼き肉パーティーなどで社員の家族とも親睦を深めている。

 家庭では家事もこなし、休日には家族そろって出掛ける。毎日、3人の娘たちをハグする子煩悩な父親でもある。「いつも楽しそう。お父さんみたいになりたい」と、言ってくれる娘たちの笑顔が仕事の原動力になっている。

 「ロボット包装材事業を通して、県内に新たな産業と雇用を創出して地域貢献を目指し、支えてくれる社員とその家族の幸せを守っていきたい」と熱く語った。

略歴:昭和51年生まれ。平成6年県立四日市中央工業高校機械科卒業。同19年四日市倫理法人会入会。同23年県中小企業家同友会入会。