![]() 『史上最高の墨作りを目指して』 第9回 墨匠 伊藤亀堂氏
(伊藤) 鈴鹿墨の発祥は、一番古い文献で延暦年間(782−806)に、白子の地で墨が生産されていたというものが残されていますが、詳しいことは分かっていません。 墨の生産が最も盛んだったのは江戸時代後期から明治時代の初めまでで、寺子屋を初め、一般庶民が文字を書くようになって需要が激増したことがその理由です。しかし、第二次世界大戦後は毛筆から硬筆の時代になっていき、墨の需要は減っていきました。さらに、近年は中国から安価な墨が輸入されたり、原材料の赤松が減少していったりと鈴鹿墨を取り巻く環境はさらに厳しくなり、結果、墨を作る店は減っていき、数年前にはついに私のところ一軒になってしまいました。 Q. 鈴鹿墨の特徴を教えて下さい。 (伊藤) 鈴鹿墨には赤松を原材料にした松煙墨(しょうえんぼく)と、純粋な油を原材料とした油煙墨(ゆえんぼく)とがあります。 松煙墨は、真っ黒にはならないですが、薄くした時に滲みが綺麗に出て立体感のある字を書くのに非常に向いています。使うと非常に面白いものができます。 一方油煙墨は非常に濃度があって濃く色が出ます。光沢も強く、字に力強い線が出ます。 この二つにはそれぞれ特徴があり、どちらが良いとか悪いとかではなく、用途によって使い分けられることが良いところです。 Q. 鈴鹿墨製作工程と、その中で注意されていることはなんですか。 (伊藤) 鈴鹿墨製作はまずにかわ溶解から始めます。 膠(にかわ)を二重釜で煮て溶かしたあと、煤(すす)と混練します。 最初は撹拌機のようなもので荒練し、それから先は手足を使って墨の塊を光沢が出るまで練り上げていきます。そして、その練りあがったものを木枠に押し込んで型抜きし、藁灰(わらばい)の中に置きます。 藁灰は墨の水分を吸収して湿っていくので、毎日乾いた藁灰に取り替えます。 それを1ヶ月程続けると、墨の水分8割程度が抜けます。ここからは暗室で約半年ゆっくりと水分を抜いきます。そして上薬を塗ってそこからさらに最低3年間寝かしてあげると、いわゆる墨が出来上がります。 墨は古ければ古い程墨内の不純物が水分と一緒に抜けていき、良い色の墨になっていきますので、なるべく長く寝かすことを心掛けています。 墨を制作するのに適した環境というのは、気温、湿度共に寒い時しかありません。 1日の間でも、午前は寒くても、午後暑かったりすると、制作には適さないので、墨の制作に良い日を判断し、その機を逃さないよう心掛けています。 Q.伊藤さんは様々な色の墨を創作されていますが、どういった経緯で新しい試みをされたのでしょうか。 (伊藤) 私がこの仕事を始めた辺りから、墨の需要がどんどん減ってきまして、何か特徴のある、他にはない墨を作らなければいけないと考えるようになりました。 そんな中、娘が習っていた習字を辞めると言い出しまして、理由を聞いたところ、「白い紙に黒い字を書くのが退屈だから」と言われたのです。そこで、色鉛筆のように色んな色が出せる墨を作ればおもしろいのではないかと思い、研究し始めました。 あくまで通常の墨と同じように扱えなければ意味がないので、墨に合う顔料を選ぶのに3年間掛かりましたが、作ってみると子供だけでなく大人にも斬新だということで受けいれてもらえました。 Q.伝統産業の危機がさけばれていますが、後継者問題など、鈴鹿墨を取り巻く環境はどうなっていますか。 (伊藤) 今まで私一人でやってきて、私の代でもう終わりかなと思っていたのですが、ある日突然東京に行っていた息子が家に戻ってきたのです。 これが実は、伊勢新聞さんのおかげなのですよ。 昨年取材を受けた際に、後継者の問題を取り上げてくれて、その事を息子が読んだらしく、帰って来て後を継ぐ気になったようで、今は修行中です。 この仕事は、口で言って分かるものではなく、自分で書家の先生方と会って、一つでも多く墨を作っていくことで、自分の色を身に付けていくものです。 私は20歳の終わりにこの仕事を始めて、配合まで全部任されて自分の墨を作るまでに36歳までかかりました。 息子が一人前になるまでにどれだけかかるか分かりませんが、私が協力できることはなんでもしようと思っています。 Q.今後の抱負ついてお聞かせ下さい。 (伊藤) これは書家の先生や墨家、業界関係者にとっての共通の夢ですが、作ったばかりの墨でも、古墨と呼ばれる、長い年月を経た墨と同じレベルの色を出せる墨を開発したいと思っています。 墨の世界では、中国の文化大革命前の墨が最高峰と言われていますが、そういう時代の墨が現代にもう一度再現できれば、しかも作ったばかりの墨でその色合いが出せるものであれば、鈴鹿墨は発展すると思っています。 現在、先端技術を持つ企業も私の試みに賛同してくれて、墨の解析等で協力してくれています。 便利になり過ぎた世の中ですが、鈴鹿墨のような手間のかかった良いものこそが、日本の文化を表わしているものだと信じていますので、それがなくならないよう、良い物を皆様に届けていきたいですね。 <今年7月14日に伊勢新聞社より上梓された単行本「梅干とうなぎ」について、読者の方へメッセージ> 通常の私達の仕事というのは、書家の方々が題材を自由に決めて、それに合った墨を制作して渡すことだったわけですが、今回はプロ車イスランナーの伊藤智也さんが、常日頃生きていく中での喜びや悲しみを短い言葉で綴ったエッセイと題材が予め決まっていて、それをアーティストの大谷先生が書く、その墨を私が作るということで、明るい部分は爽やかな色目、暗い部分は強めの色目の墨を作るなど、感情を墨の色に表わしました。 さらに書き方に関しても、例えば暗い部分では擦れを出して人間の息遣いを感じてもらえるようにして下さいとか、智也さんの言葉の流れや墨の色の変化を抑えるために、作品が完成するまで一度も休憩せずに書いてくださいとか、大谷先生に提案を出しました。 書家の先生の書き方にまで口を出したのは初めてのことでした。 こうした作品の構成にまで関わって制作をしたことはなかったので、いい意味で緊張させられて、とても勉強になりました。 作品内には、伊藤智也さんのパラリンピックで優勝した瞬間の喜びからICUに居る時の悲しみまでの様々な思いや、それを表わした墨の色の変化など、一つの本で何回でも楽しんでいただけるのではないかと思います。 * 単行本「梅干とうなぎ」のご購入はこちらから <平成22年10月4日(月)更新>
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