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▼東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、二十五歳の容疑者は「世の中が嫌になった」「人生、生活に疲れた」と語っているという。これが凶行の動機なのかは捜査を待たなければならないが、どこか人生を捨てた調子に、何となく重なる光景がある。六年前のモスクワ劇場占拠事件だ

▼チェチェン武装グループ四十一人がモスクワ中央部の劇場に侵入し、観客ら九百人以上を人質にロシア軍のチェチェン共和国撤退を要求した。当時は反政府だった民間テレビNTVが劇場内の撮影に成功。腹に爆薬を巻きつけた覆面の女性を複数とらえたが、その目は絶望で光を失っているという解説があった。子どもを産み、その子に将来を託すのが本能の一つでもある女性が、未来に何も期待できずに絶望してテロに走るところに紛争の深刻さがあるということだった

▼先日もメディア支配を強めるプーチン政権をNHKテレビが特集し、チェチェンから参加した女性が裁判なしに処刑するロシア軍を語っていたが、目は虚ろだった。紛争は貧富の差の激しさによって起こると言ったのは緒方貞子元国連難民高等弁務官だが、貧者の核爆弾の自爆テロは、深い絶望から生まれるとも言っていた

▼世界の過酷な紛争地と飽食の国日本とは比較にならない。社会に出たばかりの若者が人生に疲れたとはおこがましいと怒りは募るが、裸の王様のたとえもある。飽食の中にこそ深い絶望的な飢えがないとは言えない。感受性の強い若者が敏感に反応しているとすれば、事件の真相とは別に、このところ増加する若者の不可解な言動の説明は一応つく。




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