私の主張

集団的自衛権の行使容認に賛成する

 ■日本は独立国家なのでしょうか?

 独立国家ではないことに、頬かぶりして、日本国が一人前の平和国家のごとき論をなしているのはいかがなものでしょうか。

 独立国の定義は各論いろいろありますが、他国(米国)の軍隊が駐屯して、守ってもらっている国は、独立国とは言えないのは世界の常識です。 日本の戦後六十九年の平和は、日米同盟による米国の傘の下で、守られてきたのであります。 「(米国に与えられた)憲法九条のおかげで平和が続いてきた」というのは無知か、幼稚な精神の持ち主か、偽善者か、職業的扇動家であります。

 ■井の中の蛙大海を知らず

 地方自治体の首長や議員が、間接選挙制も直接選挙制も、ごちゃ混ぜにして、安倍首相は憲法違反だから、提訴すると息巻いているのは、愚か者なのか、選挙目当てのむちゃくちゃな売名行為であるとしか考えられません。現在もハワイ周辺では、「リム・パック(環太平洋合同演習)2014」が行われているのを、彼らはご存知ないのでしょうか?

 市政をないがしろにして、市長の職責を放擲(ほうてき)して、国政に口出ししても務まるほど、三重県の市長はヒマなのですか? 納税者である市民から提訴されそうなのは、市政をないがしろにして、国政に口出しして、自らの事前選挙運動をしているかのような市長さんではないでしょうか。 足元を見つめるべきです。たとえば、中部国際空港セントレアの松阪港行き待合所は閉鎖されて久しいが、いまだに撤去もされず、徒(いたずら)に空き室をさらしたままです。地代やメンテナンス・機械警備等の費用はいつまで払い続けるのでしょうか?

 ■普通の独立国家へのステップ

 これまで集団的自衛権は「その権利はあるが行使できない」という幼稚な論理で放置されてきました。しかもその決定者が内閣法制局長官という国家全体からすれば中間管理職のような身分の者であったのです。 戦後このかた、この珍妙な定義により、日本の安全保障はがんじがらめに縛られていました。

 安倍首相が断行した今回の閣議決定は、戦後の安全保障において、吉田茂の部分講和、岸信介の安保改定に続く、三回目の大転換点になります。 吉田も岸も国民世論が大きく揺れ動く中で決断し、実行しました。 その決断が正しかったことは歴史が証明しています。

 吉田茂は当初、日本は自衛を含め、一切の戦争を否定している、と国会答弁もしていました。 国際情勢の変化に伴い自衛権を認めるようになったのです。

 日本の重大な安全保障政策が、総理の憲法解釈の変更の答弁で決定されていた時もあったのです。 逆に自衛権を肯定したのが、共産党の野坂参三です。

 国際情勢は戦後六十九年、大きく変わりました。中国は覇権国家として、あわよくば尖閣諸島をわが物にしようとし、北朝鮮はミサイルを日本海にどんどん打ち込んで威嚇してきます。

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」はいられない現下の世界情勢ではないでしょうか。 世界情勢は変わる。日本国内情勢も変わる。 日本の防衛体制、安全保障体制が変化するのは当然のことであります。 本来は憲法改正によって、それが行われることが望ましいですが、改憲に膨大な時間がかかる上に、時間がかかることを利用して、改憲を阻止しようとする勢力がある以上、解釈改憲はやむを得ない措置でありましょう。 本来もっと早く取り組まなければならないこの重要な変更が、これまで先送りされてきたのです。選挙の票を減らす恐れがあるから。

 安倍晋三首相の政治的決断は、後世の歴史家から必ずや高く評価されるでしょう。岸信介や吉田茂と並んで。

 最後に、この主張を掲載するにあたりまして、町田宏氏の文章を大いに参考にさせていただきました。感謝しています。