経済、軍事で中国台頭 ― 神経とがらせる米国

 中国のGDP(国内総生産)が日本を抜いて世界第2位になったと聞いて感無量の思いがしたのは筆者だけではあるまい。アジアで台頭を続けるこの新興大国は、もうだいぶ以前から軍事大国として米国と肩を並べるようになっていたが、それでも経済だけはまだまだ差をつけていると日本人は高をくくっていた。GDP2位こそは多年、日本のよりどころとして米国以外の国と差をつけてきたのであるが、その2位のポジションも中国に明け渡すことになったのである。最近、中国から日本へ観光旅行に来る客が年々増加しているようだが、これも中国人全体の所得が向上して、海外旅行にも大金を使える人がぐっと増えている証左であろう。先日もテレビで特集していたが、中国人の観光客の一団が、両手に抱えきれないほどの手荷物を抱えて街を歩いている光景が大写しになっていた。

 私たちは、人民の貧困さをそのままにして軍備に狂奔する中国の軍事大国ぶりを半ば嫌悪の気持ちで見てきたが、軍事大国に突進する姿は変わりなくとも、国民生活そのものもかなり余裕ができて海外旅行の一つもできるようになったことに驚きを禁じ得ないのだ。

 この中国の変ぼうに一番神経をとがらせているのが米国であることは言うまでもない。オバマ政権が早速、中国への強硬姿勢を主眼とするアジア政策の見直しに乗り出したのである。米国防総省が8月16日に発表した年次報告書には、最近の中国の軍事力動向が詳細に伝えられており、特に中国が拡大した軍事力を外交に利用することへの懸念を表明した。その背景には、南シナ海の領有権や北朝鮮政策をめぐる各国との対立がある。米中両国はすでに経済の相互依存が相当進んでいるため、ただちにこれまで進めてきた「関与政策」の断念までは想定しないまでも、周辺国を巻き込む静かな「封じ込め政策」を併用して圧力を強め始めている。そうすることで、アジアにおける米国自体の影響力の拡充を狙っている。

 オバマ政権は発足直後は金融危機への対応を優先し、多額の米国債を保有する中国との友好を深めようとした。だがそうしても、北朝鮮やイランへの圧力で米国と足並みをそろえない中国に対して、ワシントンの空気は一変した。中国は、外交的優位を確保するため、東シナ海や南シナ海にとどまらず、海軍を西太平洋にまで展開できる装備、能力を開発していると指摘したのである。これまでのオバマ政権は、日本や韓国など同盟国を重視し中国、インド、ロシアなどとは別扱いにして関係強化を図ってきた。

 しかし、この政策は何ら整合性がなく、「八方美人」との批判もつきまとった。これは、政権内に同盟国を重視する現実主義派と、気候変動や金融危機対策など超国家的課題の重視派がいて、後者は確実に中国に軸足を置いている。それが最近、やっと現実派に軸足が移ったと言われている。具体的にも、オバマ政権は東南アジアでの中国の影響力拡大を防ぐため、各国との軍事協力を含めた関係の強化によって、事実上の中国包囲網を敷き始めたのである。

 米国が公表した中国に関する軍事報告書によると、@中国軍は東シナ海や南シナ海での懸案事項に対処するため、作戦行動範囲を拡大する新たな能力の獲得を目指しているA中国軍はインド洋や第二列島線を越える西太平洋までも作戦行動範囲内にしようとしている可能性があるB中国の造船会社は初の国産空母の建造に今年中に着手する可能性がある。また、今後10年以内に複数の空母と支援艦を建造する意欲があるC2009年の実際の国防関連費は1500億ドル(約12兆8千億円)以上に上ると推計している。これが報告書のポイントである。

 中国が今一番早急に持ちたがっているのは空母であることは明らかであるが、中国側が「空母を持つことは戦争の抑止力に役立つほか、国際紛争を解決するのにも有益」と宣伝にこれ努めているのは、あちらの新聞や情報紙をのぞいただけで十分理解できる。中国軍は空母建造に関しては一切公表しておらず、最高機密とされているが、実は昨年4月公表を考えたものの、中国脅威論の高まりを恐れて取りやめた経緯がある。しかし、米国が黄海での米韓合同軍事演習に原子力空母の派遣を公表したため急に推進論が勢いづいた。黄海は北京や上海に近く、他国の侵略を受けるのが多かった海域だ。1996年の台湾海峡危機の時をはじめ、中国との摩擦が起こるたびに米軍は空母を派遣して威圧した。この時の屈辱がいかに大きかったかが、その後の中国の空母保有熱の高まりになって表れた。つまり、中国にとって空母の保有は核兵器と並ぶ大国の象徴なのである。

 中国の「海軍海洋計画」によると、計画は2000―10年に沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ「第一列島線」内の制海権確保を、10―20年には小笠原諸島、グアム、インドネシアの「第二列島線」内の制海権確保と空母建造を挙げている。さらに、20―40年には「米海軍による太平洋、インド洋支配の阻止」をうたっている。実際に、この計画に沿った形で中国海軍のこれまでの常識を破った外洋進出が目立っている。その一例として挙げられるのは、海軍艦隊が4月、沖縄本島と宮古島の間を通過したことについて「中国海軍が第一列島線を突破」と題する特集記事を掲載したことでも中国の意気込みがよく分かる。中国はいまや本気で米国と対抗するつもりなのだ。

 こうした米中の争いはわが国にどんな影響を与えるのか。エネルギーの9割、食料の6割を海上輸送に依存する日本にとって、中国の近海進出は見過ごしできない動きである。中国は今、海南島に大規模な潜水艦基地を建設中だ。台湾有事の際に米軍の介入を阻止することを主な理由としているが、むしろ真の狙いは南シナ海全域を中国の支配下に置こうということのようだ。南シナ海は中東と北東アジアを結ぶシーレーンである。この海域で排他的な動きをとることは認められない。中国に対してはまず行動の自制を求めたい。アジア各国は多国間協議で問題解決を図るよう求めている。これに対して中国は領有権を主張する国同士が2国間協議で話し合うべきだという。ここは、懸念を共有するもの同士による多国間協議で話し合うべきである。読売新聞は8月18日付の社説で、この国際連携の必要性を強調したが、その根拠として自国がインド、ベトナムとの間で外務、防衛両省が参加する戦略対話を発足させたことを挙げている。タイムリーな提案として評価したい。

 さて、この地域に大きな影響力を持つ米国の態度はどうか。中東と北東アジアを結ぶ海上交通路である南シナ海について中国は台湾やチベットと同様に「核心的利益」と呼び、漁船保護を理由に頻繁に海軍艦艇を派遣している。この度合いが高まるばかりとあって、米国の国務省、国防総省はともに地域の均衡を変える可能性があると指摘している。このため、クリントン国務長官はベトナムで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムに出席して「南シナ海の航行の自由が米国の国益」と主張し、2国間解決を唱える中国をけん制した。そしてベトナムのために、原子力空母ジョージ・ワシントンを送り込んで中国に見せつけた。中国にとっては米国こそは中国の海上安全保障を脅かす元凶と映っている。中国は黄海は「玄関」、南シナ海は「客間」と自称しているほどだ。当分、米中の応酬は続くことだろう。しかし、中国の海軍が西太平洋に展開することは、日本の安全にとっても見過ごせない大問題である。

(伊勢新聞社東京支社嘱託・河本 弘)



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