解釈変更、論争を生む ― 集団的自衛権、国会で議論へ
 政界は誠に静かな夏で推移したが、安倍首相が全国戦没者追悼式の式辞のなかでアジア諸国に対する加害責任に触れなかったことで、中国や韓国で失望と反発が広がった。これは、日本と中韓両国との距離感が依然縮まっていないことを示している。

 韓国では、「日本の政治家たちは、過去の傷を癒やす勇気ある指導力をみせるべきだ」とこれは朴大統領の声。しかし、その期待は実らなかった。一方、中国の方はというと。中国外務省は15日、劉次官が木寺駐中国大使を呼び、安倍政権の靖国参拝に対して「強烈な抗議と激しい非難」を表明したと発表した。「参拝は中国やアジアの人々の感情を傷つけた」と強調した。しかし、尖閣諸島への抗議船は出航させることはなかった。

 これに対して安倍首相の方は、戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国に対する加害責任には触れず、国内の戦没者への追悼に主眼を置いた。これがまた、一層の海外での反発を招くもとになったものとみられている。

 近隣諸国とのこうしたギクシャクした関係は今後簡単には修復が困難な模様だが、国内の政局はいたって静かで、政府与党はもちろん、各党ともに大いに長い夏休み中に英気を養ったものとみられる。

 野党は参院選で与党の大勝を許した。おかげで野党は出直しを迫られている。出直しといっても容易なことではない。各党とも、党首の続投を認めることは認めたが、厳しい意見も出ており、何らかの改革の証しが必要とされている。野党の敗北は、その原因の一つが多党化のためであるということは明白で、そのためにこそ野党勢力の再編成が望まれているのである。だが、再編成といってもなかなか容易ではない。野党はそのうちに一強多弱の枠組みには応じきれなくなり、いずれ再編の内部要求が強まることが必至となろうが、その前段としてもまず健全な野党同志の結束が求められることであろう。今の野党は、組織力のある労組系議員が生き残り、そうした背景を持たない議員が軒並み敗退した。これは党内人事にもそっくり反映し、選挙前のようなバランスある広がりがなくなってしまった。各党ともまずこうした点から是正していかねばならないだろう。

 日本維新の会は共同代表の橋下徹大阪市長が辞意を表明したが、続投が決まった。大体市長が政党のトップに納まること自体がおかしいのに、それが問題にならないことをまず是正すべきであった。もっとも橋下氏は今後市政に専念すると表明しており、今後を見守るほかあるまい。それが結果として野党の健全な再編に役立つならば―ということである。自民党と競い合う健全な野党勢力の結集といっても容易ではない。イデオロギーの調整一つとっても言えることであろう。しかし、野党の再編を言う限り、どうしても通過しなければならない一線がある。まず野党は、外交・安全保障や憲法などの面で政権担当能力があることを示すことだ。これには民主党内閣の政権担当の実績と失敗の記録が大いに参考になることだろう。

 ところで安倍内閣はこのほど内閣法制局長官に小松一郎駐仏大使を起用する人事を決め8日付で発令した。法制局長官は次長からの昇格が慣例となっており、法制局での勤務経験のない小松氏の起用は誠に異例な人事。これは、小松氏が集団的自衛権の行使容認について前向きな意見であることが評価されたものと解すべきであろう。だが、これについては元法制局長官の阪田雅裕氏が批判しており、今後論争を生むことになろう。阪田氏の批判は、憲法の柱である平和主義をめぐる新方針を、国会や国民が関われない解釈変更で実現しようとする安倍内閣の責任を問うたもので、なぜ行使が必要で歯止めをどうするのか、国民への説明は首相と小松氏の連帯責任となった。阪田氏は、9条の改正が必要なら変えたらよいが、「万一憲法解釈が必要なら、内閣として国民の大方が納得する説明が最低限必要だ。それが政治というものだ」と語っている。もっとも、菅官房長官は記者会見で「内閣法制局は内閣を補佐する機関で、行政府における憲法解釈はあくまで内閣の責任で行う」との認識を示している。実はこの部分が論争の焦点となっているのであり、集団的自衛権の行使についても、この権利がどこに帰属するかによって、随分政府の扱いが変わってくるはずである。この辺りは今後の国会で大いに論争の的になることが予想されよう。

 こうした議論が起こってきたそもそもの原因は、公海での米艦の防護について、従来の解釈では防護しないことが原則になっていたが、憲法解釈を変えれば防護の必要性が生じるということである。ただしその場合でも、憲法解釈を変更した場合でも、自衛権の行使は「必要最低限の範囲内」でしか許されず、具体的に何をするかは、自衛隊法などに明確に規定する必要があり、何でもできる訳ではない、としている。

 ところで、問題の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが8月12日、沖縄の普天間飛行場に到着した。このオスプレイの追加配備は5日に沖縄県内で米軍ヘリが墜落した事故を受けて延期されていた。そして、事故原因や事故防止策が明らかにされないままわずか1週間で再開されたことで、住民の怒りを増大させた。到着したのは8機で、岩国基地を離陸後次々と普天間飛行場に到着した。これで普天間のオスプレイ態勢は計24機になる。作戦遂行のためとはいえ、日本側の要望をまったく無視した米軍のやり口は、あまりにも常識から外れており、あらためて日本側の怒りを買っている。日米同盟とはこんなものか、と思わせる話である。不景気な話ばかりでは申し訳ない。朗報を一つ。内閣府はこのほど国の経済規模を示す国内総生産(GDP)の4―6月の1次速報を発表した。それによると、物価変動の影響をのぞいた実質成長率は前期(1―3月)より0・6%増え、年間に換算すると2・6%増のプラス成長となった。これは政府の試算した数字に近く、来年、消費税の引き上げを計画中の政府にとって有力な判断材料となるもので、首相は快哉(かいさい)を叫んでいることであろう。物価変動を反映した名目成長率も0・7%増え、年率2・9%増となった。実質、名目ともに9カ月連続のプラス成長である。また、名目が実質を上回り、物価が下げ止まりつつあることも明るい材料だ。ただ、年率の実質成長率は、前期の3・8%や、民間が予測していた「3%台前半」を下回った。

 今回、成長率を押し上げたのは消費と輸出である。GDPの約6割を占める個人消費は宝石や時計などの高級品が伸び、輸出も円安の恩恵で3・0%増えた。公共投資も1・8%増えて成長率を押し上げる要因となった。首相はこうした要因を見極めた上で、消費増税に踏み切るかどうか判断することになろう。忘れてならないのは、全体的なGDPの数字だけにこだわって、家計や賃金などへの目配りがお留守になることだ。例えば家計である。仮にGDPが上昇して消費税が上げられたとしよう。増税の影響が最も大きいのは家庭である。そうでなくてもアベノミクスは金融緩和で物価を上げようとしており、消費増税がこれに重なると、家計の負担は重くなり、個人消費が落ち込む恐れが生じよう。これを防ぐためには給料アップしかない。しかし賃金が簡単に上がる気配はまだ見えない。こうしたことも視野に入れての増税の可否の判断が求められよう。でないと、せっかくの増税もいたずらに国民の怨嗟(えんさ)の的になるだけになるだろう。まさに政治は生き物なのだ。

(伊勢新聞社東京支社嘱託・河本 弘)



関連記事・バックナンバーは本紙にて


[戻る] [トップ] [ホーム]