亀山で「古代三関」シンポ 保存活用で基調講演 共通性、独自性の発表も

【三関の共通性や独自性について意見を述べる出席者ら=亀山市東御幸町の市文化会館で】

【三関の共通性や独自性について意見を述べる出席者ら=亀山市東御幸町の市文化会館で】

【亀山】亀山市は十八日、同市東御幸町の市文化会館で、「古代三関シンポジウム」を開き、市民ら約三百人が参加した。十九日には、同市関町新所の鈴鹿関跡の見学会もある。

 古代三関は、同市関町新所の「鈴鹿関」、岐阜県不破郡関ケ原の「不破関」、福井県敦賀市にある「愛発関」(あらちのせき)。この三関は、日本の古代最も重要な遺跡で、七世紀後半に造られたといわれているが、その実態はいまだ解明されていない。

 シンポジウムでは、「古代三関」の今後の遺跡保存と活用をテーマに、奈良女子大学の館野和己特任教授が、「古代三関と道」と題し基調講演した。

 また、三関の共通性や独自性について、同市みちなみ文化財室の山口昌直室長が鈴鹿関を、敦賀市立博物館の川村俊彦元館長が愛発関を、関ケ原町地域振興課古戦場グランドデザイン推進室の富田真一郎整備係長が不破関について、それぞれ発表した。

 平成十七年度から同二十七年度にかけて実施した、鈴鹿関跡範囲確認調査事業での発掘調査について、山口室長は「関町内の観音山から南側の城山までの約六百メートルにわたり、土で固めた『土塁』(どるい)や『築地』(ついじ)の塀を発見した」と述べ、「今後も調査を継続しながら、『関』の果たした役割や規模など全体像について、解明する必要がある」と語った。

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