松阪城跡 石垣は明治以降と判明 「絵図と異なる」場所

【天守台(後方)南側の発掘現場=松阪市殿町の松坂城跡で】

【天守台(後方)南側の発掘現場=松阪市殿町の松坂城跡で】

【松阪】松阪市は四日、国史跡松坂城跡(同市殿町)の平成二十七年度発掘調査結果を発表した。天守台南側にある石垣で囲んだ台形状張り出し部分について、石垣は明治時代以降に築かれたと判明した。以前から「江戸時代の絵図と現在の形状が異なる」と指摘を受けていた。現地説明会を十四日午前十時から開く。

 松坂城跡の史跡整備の基礎資料を得るための調査。石垣の形状を調べたり、かつての石垣の痕跡が残っているか確認している。

 調査場所の石垣は少なくとも明治時代以降に築かれたと判明した。石垣の内側から大量の大小の石が見つかり、大規模な土木工事で地固めされたとみられる。瓦や陶器片が出土したが、江戸時代の痕跡と断定できる遺物は見つかっていない。調査は一月二十五日から始め、二月中に終わる予定。