三重県国体サッカー成年チーム

 8月12、13日の二日間にわたり、第72回国民体育大会東海地区予選会が静岡県で行われた。われわれ三重県国体サッカー成年チームは、12日に愛知県選抜と対戦して3対0、13日の決勝では岐阜県選抜に2対0と連勝し、本国体出場(4年連続)が決定した。本国体出場はさまざまな方々と連携して達成された結果である。三重県競技力向上対策関係者、三重県サッカー協会国体強化担当者、選手を派遣していただいたクラブ関係者、鳴り止むことのない声援を頂いたサポーターの皆さまにはあらためて感謝を申し上げたい。勝利のために走った選手・スタッフ、お疲れさまでした。そして、えひめ国体でのご協力もよろしくお願いいたします。

 東海予選の二連戦を観戦視察していた三重県サッカー協会技術員の方々から口々に「強い、完勝やなー!」という言葉を頂戴した。その瞬間は冷やかしも含んだ言葉として、控えめに受け止めていた。しかし、今となっては頂いた言葉を素直に受け止めている。そのようにいえるほど、今年は本当に良い準備ができたと考えている。私なりに勝因を分析してみたい。

 1つ目に、目標達成に向けた各々の役割分担が機能した。これには二つの意味がある。一つは選手・スタッフ一人一人の役割分担、もう一つは立場役割の異なる組織間での役割分担だ。昔から伝えられる「餅は餅屋」の言葉通り、個人・組織が果たすべき役割に徹することができた。時間が限られていることや、普段は別のチームに所属するメンバーによるチーム構成であることから、当たり前と思えることが意外にうまく機能しないことがよくある。

 2つ目に、サッカー観の共有ができたことが挙げられる。目標達成(失点しないで得点する)のために選手一人一人に、実践するサッカーの全体像を伝えつつポジション別に役割を伝えた。攻撃に関する一つの例を挙げたい。二人のフォワード(FW)に得点させることをチーム攻撃の最優先コンセプト(概念・決め事)とした。そのコンセプトを達成するためにはどうすればよいのかという観点から、二人のセントラルミッドフィルダー(CMF)の役割を決め、ディフェンシブミッドフィルダー(DMF)の役割を決め、ワイドミッドフィルダー(WMF)の役割を決め、三人のディフェンダーは、ゴールキーパーは、といった具合だ。自分たちのトレーニングゲーム映像を編集して、動き方ややってはいけないプレーを何度も確認した。

 3つ目に、各人のストロングプレーの発揮である。これは、チームとして取り組むべき約束事を実行した上で初めて機能した。途中交代選手も含めて、その時の戦況や相手チームの動向を観察して、チームとしての戦い方の中で隠し味として個人の能力を発揮することができた。特に愛知県選抜戦の3得点目はそれを象徴するようなプレーだった。

 過去3年間の本国体での経験と今年の東海予選での感触から、今年は優勝を狙えると感じている。昨年の本国体優勝を果たした静岡県選抜と戦った経験のある愛知県選抜監督の「今年の三重県選抜には全くかなわなかった。昨年の静岡県選抜と比較しても本国体で優勝を狙えるはず。」という言葉はそれを示唆している。

 本国体に向けて9月下旬に4日間の直前強化練習を行う。各自の役割を再度確認し、10月1日の一回戦に備える予定だ。優勝のためには、①東海予選を共にしたメンバーがそろうこと、②優勝することを疑わないような準備を徹底すること、が必要不可欠だ。また、意識の問題も非常に重要だ。われわれは三重県のサッカー界を代表する選手団として、謙虚でありながらも未来を切り開くべくチャレンジ精神を持たなくてはならない。国体で優勝という結果を得ることができれば、県内の子供達の目の輝きを変えることができると私は信じている。また、そのような役割は限られた人間にしかチャンスは与えられない。「名誉あるこのチャンスを生かす!」この一心である。

中田一三
中田一三

なかたいちぞう 1973年4月生まれ。伊賀市出身。四日市中央工業高時代に、全国高校サッカー選手権大会に3年連続出場。92年1月の大会では同校初優勝をもたらし、優秀選手に選ばれた。中西永輔、小倉隆史両氏と並び「四中工の三羽烏」と称された。プロサッカー選手として通算194試合に出場。現在三重県国体成年男子サッカー監督。