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【松阪】武四郎まつり実行委員会(村田光子委員長)は二十六日、松阪市小野江町の松浦武四郎記念館で北海道の名付け親として知られる松浦武四郎(一八一八―八八年)をたたえる「武四郎まつり」を開いた。来年は生誕二百周年と北海道命名百五十年に当たり、高橋はるみ北海道知事がメッセージを寄せ、公開に向けて改修中の生家が紹介された。

武四郎は幕末にアイヌの協力を得て蝦夷地を六回にわたって探検し、アイヌに対する虐待を告発した。同まつりは武四郎の生没年に当たる二月に開き、二十二回目となる。

武四郎は天塩川を調査中、現在の音威子府村のアイヌ古老から、「カイ」とは「この国に生まれた人」の意味と教えられた。開拓使の役人として一八六九年七月十七日、明治政府に対し、蝦夷地に代わる名称として、アイヌが暮らす北の大地の思いを込めて「北加伊(カイ)道」を提案し、「北海道」が生まれた。

竹上真人松阪市長は「アイヌの惨状を知らせ、広めた博愛の姿を誇りに思う」とあいさつした。

北海道百五十年事業準備室の岩崎法彦室長は高橋知事のメッセージを代読し、「北海道命名だけでなく、武四郎選定のアイヌ語地名が道内にたくさんあり、恩人。北海道百五十年は道民が武四郎の行動と精神に学び、感謝する一年にしたい。交流、連携を深めていく」と述べた。