<11>石水博物館(津市)

 第11回目の「博学〜博物館で学ぶ〜」は、津市にある石水博物館を紹介します。
 この博物館は、陶芸家として知られる川喜田半泥子(本名:久太夫)の作品や川喜田家のコレクションを収蔵、展示する施設です。
 半泥子を「陶芸家」としてだけ紹介するのはよくありません。美食家でもあり、芸術家でもあり、また百五銀行頭取や津市議会議員、三重県議会議員を務めた多彩な顔をあわせもつ人物であります。明治〜昭和の三重県を代表する財界人、文化人の1人です。
 その半泥子が昭和5年に、地域文化の振興と社会福祉活動の拠点として財団法人石水会館を設立し、その財団を母体に設立したのが石水博物館です。昭和50年に博物館登録され、ことしで40年。それを記念して現在「所蔵名品展T―川喜田半泥子編―」が開催されています。
 このページ「博学WEB」では現在開催中の特別展の内容を中心に紹介しましょう。独特の半泥子ワールドにじっくりひたってください。14日付の伊勢新聞「博学」特集でも石水博物館を取り上げますが、こちらは博物館から見える川喜田半泥子という人物そのものに迫ります。どうぞご覧ください。

  ◆半泥子作品の原点は「研究」
 川喜田半泥子がつくった陶器の特徴は、「大胆」「自由」「おおらか」といった表現がぴったりではないでしょうか。博物館の展示を見ても、1点1点雰囲気も違えば表情も違います。見る人を飽きさせない魅力がそこにはあります。
 しかし意外なことに、本格的に陶芸を始めたのは50歳を過ぎてからです。
 初期の頃は、全国各地の陶器産地を自ら訪れ、つくり方を学んでいました。展示にもあるように、佐賀県唐津や愛媛県砥部、はたまた朝鮮半島まで行っては研究を重ねていました。半泥子作品の原点はこの「研究」にあったようです。

◆半泥子らしさ満開、千歳山窯の時代
 戦前は、自邸のあった千歳山(現在石水博物館のある場所)に窯を築いて作陶に励んでいました。粘土産地もこだわらない、釉薬(ゆうやく)も焼成方法も自由に組み合わせた、自由で独特な作風の茶陶を数々つくりました。
 黒織部の茶碗(上写真)があれば、志野の茶碗があったり、いろんな茶碗をつくっています。1人の人間がつくったとはとうてい思えないほどのバリエーションです。しかも伊賀焼の水指(下写真)なんかは芸術の域を超えています。
 半泥子作品が最も花開いた時期だったと言えるでしょう。

◆ネーミングで魅せた?廣永窯の時代
 戦後は長谷山の麓に廣永窯を築いて、作陶していました。
 ところが展示を見ると分かりますが、この頃から雰囲気が変わります。形といい色といい、豊富なバリエーションがあったのが、だんだん形が整ってきてよく似た作品が多くなってきます。形も色合いも落ち着いた雰囲気のものが多くなり、半泥子作品を知る人からすると「おや?」と思うかもしれません。
 ただ、遊び心は忘れていませんでした。作品で魅せる代わりにネーミングで遊んでいるようです。茶陶1点1点に銘をつけているのですが、この時期のものには「閑く恋慕(かくれんぼ)」とか、当時有名だったゾウのガチャコにちなんで「雅茶子(がちゃこ)」などと名づけたりして、ネーミングで魅せていたようにも見受けられます。「これはしたり」と銘打ったものもあったりして、ネーミングを見てるだけでも面白いものです。

◆半(なか)ば泥(なず)みて半ば泥まず
 自ら号した「半泥子」という名は、禅の導師から授かった「半ば泥みて半ば泥まず」から採ったものです。その意味するところは「とことんこだわりながら、こだわるな」ということ。徹底的に没頭しながらも冷静に己を見つめることができないといけない、という教訓にも似た言葉です。
 だからこそ経営者として手腕を発揮しながらも、多彩な趣味に生き芸術的才能も発揮できたのではないでしょうか。
 1つの物事にこだわらない。川喜田半泥子のおもしろさ、石水博物館のおもしろさはそこにあるように思います。

 次回は、うつべ町かど博物館を紹介します。WEBは6月20日(土)更新、新聞特集は6月21日(日)掲載予定です。

<施設案内>
石水博物館
開館時間10:00〜17:00
休館日月曜日(祝日の場合は翌日)、展示替期間、年末年始
観覧料 大人一般500円、団体400円
高・大生300円 中学生以下無料
障がい者手帳をお持ちの方および付添者1名300円

津市垂水3032-18 〒514-0821
TEL 059-227-5677 / FAX 059-213-5789
http://www.sekisui-museum.or.jp/
三重交通バス青谷口下車徒歩約8分
JR阿漕駅下車徒歩約12分
伊勢自動車道久居ICから車で約20分





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