2019年1月17日(木)

▼横綱稀勢の里が引退を発表したのちの大相撲初場所幕内の取り組みで、対戦相手に不戦勝が告げられると、館内は「稀勢の里、ありがとう」の声で騒然とした。初日から3連敗。その都度館内が静まりかえる異様な雰囲気が続いていた。ファンの期待の大きさを物語る

▼引退会見で、稀勢の里は「横綱として、期待にそえられないということは悔いが残るが、土俵人生において一片の悔いもない」と語った。解説者の元横綱、北の富士勝昭さんが大関時代の稀勢の里をよく評していた―「期待するとダメだから。何度裏切られたことか」。7度の綱取り挑戦、一度の優勝もない年間最多勝など、無類の強さを見せつけながら、期待を裏切り続けた

▼個人的に稀勢の里に魅了されたのは平成22年九州場所、白鵬の64連勝を止めた一番。堂々の四つ相撲から力で寄り切った。横綱確実と言われながら何度も足踏みする姿が逆にファンを増やしていった。5回の優勝を重ねながら綱取りに失敗した魁皇(現・浅香山親方)の人気に似ているところがある

▼日本出身の横綱誕生という期待もあったのだろう。日本相撲協会の7度の綱取り場所設定にそれを感じたし、薄氷の優勝での横綱昇進に不安の影もちらついた

▼今年を展望したNHKの正月番組で、北の富士さんは、準優勝後の初日から2連敗で引退した栃錦の例などを挙げ「横綱の美学」を説いた。北の湖元理事長は、かつて負けろという観客の罵声が負けて悲鳴が上がるように変わって引退を決意した。ファンのためと土俵に立ち続けた稀勢の里は現代風横綱だった。