高校野球100回目の夏<中> 古豪復活へ選手尊重 日常生活から粘り強さ育成も

【平林正輝主将と打ち合わせする宇治山田商の村田治樹監督(左)=伊勢市内で】

第100回全国高校野球選手権三重大会で古豪復活に挑む伝統校。それぞれの取り組みで復権を模索する。

春夏通算で過去13度甲子園出場の海星。夏では1998年を最後に甲子園から遠ざかっている。選手として93年の春夏、翌年の夏の計3回甲子園に出場した野球部OBの森下晃理監督は「毎年がプレッシャーとの戦い」と、名門校を率いる苦労をにじませる。

立命館大卒業後、西濃運輸でプレーした後、2007年の湯浅和也前監督の勇退に伴い後を継いだ。「高いレベルで野球を続けてほしい」と選手のひらめきを尊重する一方、「ある程度の厳しさは必要」と練習中は規律を重視する。

試合中は盗塁のサインをなくして選手の判断を磨いた。午後8時の完全下校徹底など、自分の現役時代と練習環境は大きく変わったが「練習量と質は落とさない」。グラウンド内の動作のスピードアップなどに厳しく目を配っている。

先輩の立場での励ましもOB監督ならでは。1994年のセンバツ4強の桑名西を下して、同年夏の甲子園出場を決めた経験から「俺らの代に似ている」と言った監督の言葉が印象に残ると話す大須賀健●主将。「選抜ベスト4の三重もいるが、挑戦者の気持ちで戦い、最後に甲子園に行く」とその再現を誓う。

野球部創設は1921年。三重大会優勝回数10回を誇る宇治山田商。長年OBが監督を務めてきたが、2016年から津西OBの村田治樹監督が指揮を執り夏では07年以来の優勝を目指す。

三重大卒業後、県立高校の教員となった。指導力の高さに定評があり、1996年夏、四日市西を率いて同校初のベスト4進出。津西時代の2011年夏は決勝まで勝ち進んで、優勝の伊勢工を苦しめた。

対戦相手としての同校の印象は「身体能力の高い選手は多いが、粘れない」。監督就任後、部員らに日常生活から継続して取り組ませてきた。平林正輝主将は「私生活からここまで言われたのは初めて。今まであった先生と全く違う人だと思った」。

一昨年夏は1回戦敗退、昨年夏は2回戦敗退と、不本意な結果が続いたが今年に入り「急にやりやすくなった」(村田監督)。津田学園に4―6で敗れた春の県大会準々決勝は、初回に3点を失った後も攻守で粘ることができた。

選手も手応えを感じる。「周りから粘り強くなったと言われるとうれしい」と話す平林主将。夏の県大会開幕を控え「100回の記念の年が自分たちの代に重なった。11年ぶりに優勝して、村田先生を胴上げしたい」と意気込んでいる。

※注:●は示に右