2017年12月31日(日)

▼難波健太県警本部長が今年印象に残った事件の筆頭にあげた暴力団幹部殺人事件の被疑者逮捕。難航極めた1年半の捜査で、逮捕の決め手が「耳」だったという。帽子をかぶった後ろ姿から、写真で見た「大きくて特徴的な耳」を見逃さなかった

▼耳紋が指紋に匹敵する個人特定の材料というのは人気テレビドラマ『科捜研の女』で知ったが、ドラマはドアに押し当てた耳の跡を検出し、監視カメラの映像から個人を特定していく。後ろ姿で見抜いた捜査員の眼力というのはすごいものだ

▼10人の請願を一度に聞いたという聖徳太子は豊聡耳(とよとみみ)と呼ばれた。形も、耳たぶが大きく肉厚の福耳。お金のたまる耳だ、それに引き替えお前は、と親をがっかりさせたせいで、耳の話は敬遠してきたが、外耳すなわち外から見える耳はほ乳類だけの特徴という話を思い出した

▼外敵をいち早く察知するためだが、くだんの被疑者は捜査員に人定尋問され「意外と早かったなあ」とにやりと笑ったという。途端に逃げ出す刑事ドラマと違って生々しいが、大きな耳も役に立たなかった

▼目は自由に閉じられるのに、耳は「できないようにできている。なぜだろう」と言ったのは物理学者の寺田寅彦である。学位論文は「尺八の音響学的研究」。虚無の調べを鋭敏に聞き分けようという耳である。よろず強い好奇心は街の騒音にも向けられる気がする。耳を覆いたくなったのは、人が口々に発する低俗な所論なのではないか

▼とすれば、今のネット社会には目をむこう。除夜の鐘の悠久の音に耳をこらさねばならぬ時代である。